私は生まれも育ちも瑞穂区。3代続く工務店の家に生まれ、現在は4代目として建設業を営んでいます。
子どもの頃の夢は学校の先生でした。でも幼い頃から祖父によく建築現場へ連れて行ってもらい、幼稚園の帰りにはそのまま現場へ向かうのが日常でした。子どもながらに「現場監督」のような気分で祖父の後ろをついて回っていたことを、今でもよく覚えています。

気が付けば、自分も現場に立つ大人になっていました。
祖父は、目の前で困っている人がいれば損得を考えず手を差し伸べる人でした。その背中を見て育った私は、「困っている人がいたら助ける」という当たり前のことを、これからも大切にしたいと思っています。それが私の仕事の原点であり、地域との関わり方でもあります。
地域での、子どもたちと生み出す笑顔

現在は御劔小学校のPTA会長として活動しています。月に一度のあいさつ運動では、ヒーローに変身して子どもたちを迎えています。
「また来てる!」「今日は何?」
そんな子どもたちの笑顔や声が、毎月の楽しみです。

学校へ行くのが楽しみな子ばかりではありません。学校が嫌だなと思う日もあるし、つまらないと感じる日もあるでしょう。それでも「学校へ行けばヒーローがいる」「またくだらないことをやってるな」って笑ってもらえたらそれだけで十分です。ほんの少しでも嫌な事忘れて、笑顔になれるなら。
瑞穂区の「いいところ」

瑞穂区の魅力を聞かれると、実は少し困ります。私はずっと瑞穂区で暮らしてきたので、このまちの良さが当たり前だったからです。
春になると桜がきれいな山崎川があり、、博物館や図書館が身近にある。、そして困っている人がいたら自然と手を差し伸べる人の温かさ。そのどれもが、私にとっては特別ではなく日常でした。
子どもの頃によく通った「栄市場」や「クック瑞穂」も忘れられない思い出です。魚屋さん、お肉屋さん、八百屋さん。それぞれのお店で買い物をし、お店の人と何気ない会話を交わす。「大根買うの忘れたから行ってくるわ、お魚は帰りにもらうね。」そんなやり取りが、ごく自然にありました。
今では昔ながらの市場はなくなりましたが、「いいねマルシェ」へ行くと、どこかあの頃を思い出します。。魚の食べ方を教えてくれたり、旬の野菜や果物の話を聞かせてくれたり。便利な時代になったからこそ、人と人との会話がある買い物は、やっぱりいいものだなと思います。
これから「ミズイレ」でやっていきたいこと

ミズイレを通じて、もっと瑞穂区を笑顔でいっぱいにしたい。
子どもたちが思わず笑顔になるイベントをつくりたい。子どもたちの笑顔の周りには、自然と笑顔の大人が集まります。そんな笑顔が地域全体へ広がっていけば、瑞穂区はもっと素敵なまちになるはずです。
この瑞穂区で育ててもらった一人として、今度は私が、瑞穂区に少しでも恩返しをしていきたい。いつか、子どもたち大人になった時に瑞穂区で育ってよかったと思えるようなそんなまちをみんなでつくっていけたらと思っています。


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